利息の語源・まとめ
まず、要点だけ。
- 『史記』孟嘗君列伝15
- 「息」という字が、「利息」の意味で使われている
- 現代と同じで「証書」「自己破産」まで登場
- 「馮驩、券書を焼く」という、有名な故事
- 「息は利の如し」は間違い
- これは、後世の歴史家(中国人)がつけた「注釈」
- それを日本人が「司馬遷の原文」と勘違いした
- 注釈の漢文&意味は
- 漢文…與猶還也。息猶利也。
- 意味…「與」とは「返還」のことである。「息」とは「利息」のことである。
- この注釈がされた部分の原文(司馬遷が書いた部分)は
- 「貸錢者多不能與其息,」
- この「與」と「息」の意味が、読み手にわかるように
- 中国人の歴史家(明治より前)が
- 「與猶還也。息猶利也」という注釈をつけた
「利息」という言葉が、最初に登場したのは?
- 室町時代の日本
- 『史記抄』という「史記の注釈書」
- この書物には、「今の日本語」の語源が大量にある
- 「感慨・始末・接待・残酷・短所・地名・鉄器」など
- 「利息」もその一つ
- 『史記』の時代は「息」だったが
- 当時の日本では、すでに「利息」「息利」が使われていた
- 主流は「息利」だった
- 「息」には「増える・増やす」という意味があり
- 「増えた子」…息子
- 「増えた利益」…息利
- …という風に、これらの単語が生まれた(と思われる)
- 『史記抄』の作者の桃源瑞泉も
- 「人の子供を『子息』というのと、同じ意味だ」と
- 語源の共通点を、指摘している
『史記』の出典・詳細
- 『史記』巻七十五孟嘗君列伝第十五
- 現代風…『史記』75巻「孟嘗君列伝」15
■ 原文(全文)
- 国学導航―『史記』
- http://www.guoxue123.com/shibu/0101/00sj/075.htm
■ 書き下し文
- 『史書書き下し文』列伝―孟嘗君列伝
- http://gongsunlong.web.fc2.com/mousyoukun-r.pdf
■ 現代語訳
- 河出書房新社『中国故事物語』(1963年1月30日発行)
- http://homepage1.nifty.com/kjf/China-koji/P-200.htm
- Hiro@Yokohama氏による、上記書籍の転載
■ 該当部分
- 原文…「貸錢者多不能與其息」
- 書き下し文…「銭を貸る者、多く其の息を與うること能わず」
- 現代語訳…「お金を借りた者は、ほとんどがその利息を返済することができなかった」
で、この「原文」に対する「注釈」(明治より前の中国人が書いた)が―。
- 注釈…「與猶還也。息猶利也。」
- 書き下し文…「與なお還のごとし。息なお利のごとし。」
- 現代語訳…「與とは、返還のこと。息とは、利子のこと。」
*書き下し文は、違うかも知れません。現代語訳は合っています。
「利」の一文字で「利子」の意味があった
上の説明で、私はこう書いています。
- 「息なお利のごとし」とは
- 「息とは、利子のことです」という意味
…と。これは「利」=「利子」という意味が、この時点の中国・日本で、すでに確立していた…、という証明が必要です。
で、その証明になるのが、下の日経の記事です。↓
- サイト…College Cafe by NIKKEI
- タイトル…桜はなぜ「○割咲き」ではなく、「○分咲き」なのか
- URL…http://college.nikkei.co.jp/article/66603610.html
該当部分を要約すると―。
- 昔は「稲貸し」があり「稲の利子」を取っていた
- 稲1束で、5把の利子だった
- これを「五把利」(ごはのり)と言った
…と、この時点で「利」の一文字で「利子」の意味があった、とわかるわけです。ちなみに―。
- 「五把利」の読みが、やがて「ごはり」になり
- それが「ごわり」になり「五割」になった
- そこから、割合を示す「割」という言葉が生まれた
ということです。解説されているのは―。
- 東京学芸大学・高橋久子教授
- (古代の税制用語に詳しい)
ということで、確かな説です。
『史記抄』の出典・詳細
- 文献…中世語彙資料としての『史記抄』
- 著者…田籠博(たごもりひろし)氏
- 所属…島根大学法文学部・教授
- http://www.lib.shimane-u.ac.jp/kiyo/a014/035/003.pdf
史記抄で「利息」が登場する部分
上の論文を引用させていただきますが―。
- 現代語…『田籠教授』の言葉
- 古文…『史記抄』の言葉
となっています。引用でない部分は、私の解説です。
*「タソ」など、変な語尾が登場しますが、これは古語であって、誤字ではありません。
金銭に関わる後として「利息」が本抄に見える。(P.11)
どんな風に登場するかというと―。
子孫トモカ父祖ノ業ヲ相続テ、利息ヲヨクスルホトニ、遂至巨万タソ。(18-16ウ11)
- 読み…子孫どもが、父祖の業を相続て、利息をよくするほどに、遂に至る巨万たぞ
- 翻訳…子孫たちが、祖先の職業を相続して、積極的に利殖をするうちに、遂に巨万の富になった。
この一文では、「利息」が、現代でいう「利殖」と同じ意味で使われています。つまり「金利によって財産を増やす」という意味ですね。貸金業というより「投資」的な見方です。
マクリ出テ、カシタホトニ、其利息カ什倍スルソ。(18-45ウ10)
- 読み…まくり出て、貸したほどに、その利息が十倍するぞ
- 翻訳…貪欲に貸していくうちに、利息が10倍にもなった
「まくる」というのは、古語(古文)で「先まくる」=「先回りして出しゃばる」という単語があります。この「まくる」だと思われるので、「出しゃばる=貪欲に、積極的に」という意味だと思います。
この語は「息利」とも言う。(中略)こちらが国内では本来の語形だったらしい。(P.11)
つまり、日本ではもともと「利息」ではなく「息利」が主流だった…ということ。ただ、この『史記抄』の時点ですでに「利息」が何度も出ているので、この時点では「どちらでもOK」だったようです。
で、『史記抄』で「息利」を使っている部分は―。
其息利ヲ取テハ、客ヲヤシナワウトテソ。(11-19オ8)
- 読み…その息利を取っては、客を養おうとてぞ
- 翻訳…その利息を取っては、客を養おうとした
これは「孟嘗君」という宰相(大臣)の話です。
- 孟嘗君は「3000人」の食客(居候)を抱えていた
- 彼らを養うために、領民にお金を貸し、利息を得ようとした
ということです。
何で「息」という文字を使ったのか?
『史記抄』の作者の「桃源瑞泉」も、この理由を考察しています(現代人みたいな人ですね)。
其息トハ、息ハ物ノタネヲツイテ、テクルヲ云ソ。人ノ子ヲ子息ト云モ其心ソ。(11-19オ2)
- 読み…その息とは、息は物の種をついて、てくるを言うぞ。人の子を子息と言うも、その心ぞ
- 翻訳…この「息」というのは、「物の種」をついて「てくる」ことを言う。人間の子供を「子息」と言うのも、その意味だ
「てくる」の意味がわからなかったのですが、「手でこねまわして、増やす」のような意味だと思います。漢字を当てると、「手繰る」などかも知れません。
何にしても「息」という字に「増やす」という意味があることを、書いています。「○○の息がかった」というのも、「勢力が増殖している」という意味なので、似ています。
で、田籠教授の解説は―。
(上の原文に続けて)と、人が父から息子へ家族を増やす様に、金が金を産んで増やしていくことからだと説明している。(P.11)
ここは補足すると―。
- 先に「息子」という言葉があって
- 「息子のように増えるから」利息と読んだわけではない(多分)
- 司馬遷の時代(紀元前)で
- すでに「息」という字を「利息」の意味そのままで使っていた
- つまり「息」という字には、もともと「増える」という意味がある
- 増えた「子」…息子
- 増えた「利」…息利(利息)
ということだと思います。だから、初期の日本でも「利息」でなく「息利」という風に「息子」と同じ順番だったのかと。「息」という字に、同じ意味があるからそうなる…ということですね。
■ (補足)参考文献の元となった講演
- 講演…島根大学法学部国文学会・講演会
- 演題…中世語彙資料としての『史記抄』
- 日付…2014年12月6日
「息は利の如し」という「由来」は、どこから来たのか?
これはわかりませんが、多くのサイトさんでされている説明は、下のようなものです。
- 利息の語源は『史記』である
- 「息は利の如し」という言葉から
- 「息」には「男の子」「息子」の意味がある
- つまり「息は利の如し」というのは、「男の子の方が、女の子よりも利益になる」という意味である
- そこから、利息という言葉が生まれた
…というものです。これがどう間違いか、再度まとめておくと―。
- 「息は利の如し」は、歴史家の注釈である
- 『史記』に出てくる「息」は、すでに「利息」の意味である
- 「息女」という言葉もあるので「男の子」とは限らない
という3点です。「注釈」とわかる資料も紹介します。
「注釈」だとわかる資料
江戸時代(1717年)に書かれた「書言字考節用集」(しょげんじこう・せつようしゅう)でわかります。明治時代(1835年)の版を、「Google Books」で見られます。
(画像は、それぞれのURLのキャプチャ。クリックで拡大します)
■ 表紙
出典:https://books.google.com/books?id=AghjAAAAcAAJ&pg=PP1
■ 息猶利也(息なお利の如し)が書かれたページ
出典:https://books.google.com/books?id=AghjAAAAcAAJ&pg=PA43&lpg=PA43&dq=息猶利也
■ 該当部分の拡大
引用すると―。
利息銭[史記]貸錢者多不能與其息、索隱曰息猶利也
と書かれています。今の辞典風に書くと―。
- 利息銭(りそくせん)
- 『史記』「貸錢者多不能與其息」より
- 索引には、「息猶利也」とある
ということです。意味はここまでも書いてきましたが―。
- お金を借りた人は、ほとんど「息」を「與」すことができなかった
- 「息」とは「利子」のことである
という意味です。
で、この「書言字考節用集」が「索引曰く」と書いているので「これは、原文ではなく、注釈である」とわかるわけです。
そして、注釈の全文も「與猶還也。息猶利也。」とわかっているので、原文の「貸錢者多不能與其息」の部分を、説明したもの、とわかるわけです。
*「與とは、返還のこと。息とは、利子のこと」という説明です。
馮驩、券書を焼く
「利息」の由来になった『史記・孟嘗君列伝』の該当部分は、実はすごく有名なのです。「馮驩、券書を焼く」という故事で、漢文の授業やテストでも登場します。
*「現代語訳を教えて下さい!」という、中高生の質問も、掲示板にありました(笑)
簡単に単語を解説すると―。
- 馮驩…ふうかん
- 孟嘗君…もうしょうくん(大臣・馮驩を雇った人)
- 券書…借用証書
…となります。以下、あらすじを説明します。(全文は下のサイトさんで読めます)↓
http://homepage1.nifty.com/kjf/China-koji/P-200.htm
- 孟嘗君(もうしょうくん)という大臣がいた
- 領民が、借金の返済をしないので困っていた
- それで、馮驩に取り立てをさせた
- 馮驩は、まず取れる利息を全部集めた
- そのお金で、豪華な宴席を設け
- 借り手全員(払えない人も)を招待した
- そして、「払える人」には期日を約束させた
- 「払えない人」の証文は、その場で焼き捨てた
- そして、全員にこう言った
- 「孟嘗君が諸君にお金を貸したのは」
- 「諸君の生活の安定のためである」
- 「利息を取ったのは、三千人の食客を養うためである」
- 「今、払える人は期日を約束してくれたし」
- 「払えない人については、もう払わなくていい」
- 「そして、払ってもらった利息で、こうして宴席を設けました」
- 「どうぞ皆さん、楽しく召し上がって」
- 「明日から、それぞれの仕事に励んでください」
- …そして、一同は感激して帰ったが
- 孟嘗君は怒り、馮驩を呼びつけた
- 馮驩はこう言った
- 「取れない人間からは、一文も取れません」
- 「つまり、彼らの証書はもう『無用』なのです」
- 「だったら焼き捨てて、代わりに『信頼』を得た方が」
- 「よほど我が君の、ためになるのではないでしょうか」
- 孟嘗君は、これを聞いて我に返り
- 馮驩に礼を言った
- 後日、孟嘗君が大臣の地位を追われて、国を出る時は
- 領民たちが、国境まで出迎えた
- そして、三千人の食客が立ち去った中で
- 馮驩は最後まで残り
- 斉王を説得し、孟嘗君を大臣の地位に、返り咲かせた
というエピソードです。「お金を返せない人がすべて善人」というのは、現代日本では、残念ながら違います(本当に残念ですが、たいてい真逆です)。
ただ、この「馮驩、券書を焼く」には、心あたたまるものがあります。(超腹黒い私でもそう思うのだから、多くの人がそう思うでしょう)
「貸金業とは何か」を考えるヒントが、ここにある気がします。私の仕事は消費者金融や銀行カードローンの宣伝をさせていただくことですが、古来から続いてきた「貸金業の、本当に正しい部分」を、歴史から読み取って、伝えていきたいです。
(貸金業が悪だったら、とっくに撲滅されていますし、そもそも銀行業や投資だって「貸金業」ですからね)