無人契約機とは「消費者金融のスタッフさんと対面せず、キャッシング審査ができる機械」のことです。ポイントをまとめると―。
- テレビ電話で、オペレーターさんと通話する
- あちらの顔は基本見えないが、こちらの顔は向こうに見えている(だから確かな審査ができる)
- 必要書類はその場でスキャンして送信する
- 手書きが必要な申込書などは、その場で手書きし、やはりスキャン
- 年収など、数字や選択肢によって回答できるものは、タッチパネル
- 審査完了するとカードが発行される
- そのカードを使い、隣接するATMで現金を引き出す
…というのが、無人契約機の審査の仕組み・流れです。ここから先は、「無人契約機の歴史・豆知識・必要性についての専門家の意見」をまとめます。キャッシングの歴史などに興味がある人は、参考にしてみてください。
目次
- 1.93年から、消費者金融の「無人契約機フィーバー」が始まった
- └1-1.斬新なネーミングで話題を集める
- └1-2.現代では、ペットネームを廃止する方向に向かっている
- └1-3.アコムの「むじんくん」が変更されていない理由
- └1-4.アイフルの「お自動さん」が「てまいらず」になった理由
- └1-5.なぜ、プロミス・レイクのように「自動契約機」にしなかったのか?
- 2.井上ひさしも絶賛した「むじんくん」のネーミング
- └2-1.アコム社内の「コードネーム」が、そのまま定着した
- 3.自動契約機でキャッシングしやすくしたのは、間違いだった?
- └3-1.「双曲割引傾向が高い人」が借りられないようにする
- └3-2.しかし「消費者が求めている」のも事実
1.93年から、消費者金融の「無人契約機フィーバー」が始まった
無人契約機を消費者金融業界で最初に導入したのは、アコムの「むじんくん」。アコムの社員さんは最初「まったく期待せず、1年間放っておくつもりだった」そうですが、フタを開けてみたら、「有人店舗でも月40件しか契約を取れないエリアで、無人契約機が月100件の契約をとる」という「異常事態」でした。
すぐにアコムはむじんくんを大量導入し、95年頃からプロミス・武富士・三洋信販などの他の大手も追随します。それぞれ200台から300台を一気に導入するレベルで、しかも導入後の利益が予想以上だったため、さらに予定以上の増産をする…という状況でした。
1-1.斬新なネーミングで話題を集める
今でこそ「むじんくん」のような名前には誰も反応しませんが、登場した93年頃には、これは非常に斬新でした。
- 機械に「ペットネーム」(愛称)をつけること自体が、初めてだった
- しかも「AIBO」のような機械的なものではなく「むじんくん」という脱力系だった
…ということです(AIBOが登場するのはむじんくんよりも後ですが、わかりやすい例として)
で、この「むじんくん」の大ヒットを見て、他の大手の消費者金融も同じタイプの名前を、自社の自動契約機につけていきます。
- 武富士…¥(エン)むすび
- プロミス…いらっしゃいまし~ん
- アイフル…お自動さん
- レイク…ひとりででき太
- 三洋信販…ポケットバンク
…という風です。ポケットバンクは比較的「まじめ」な名前ですが、あとはみんな「むじんくん路線」ですね。
1-2.現代では、ペットネームを廃止する方向に向かっている
このように当時は大人気だった自動契約機のペットネームですが、現代では廃止の方向に向かっています。
- 無人契約機
- 自動契約機
- ローン契約機
- ローン申込機
- 契約ルーム
…といった「あえて機械的」「あえて銀行っぽい」名前を使うようになっています。現時点でユニークな名前が残っているのは―。
- アコム…むじんくん
- アイフル…てまいらず
のみです。あとはプロミスもレイクもみんな「自動契約機・ローン契約機」などの「ノーマルな名前」になっています。
この理由は想像がつくと思いますが消費者金融っぽいイメージを脱却したいからです。最近の大手の消費者金融は、アイフルを除けば大手は皆「銀行系」(あるいは完全な銀行カードローン)になっていて、「脱・消費者金融」というスタンスを明確にしています。(銀行のサービスの一部、という形ですね)
そのため、かつてのインパクトが強すぎて、今でも誰が聞いても「消費者金融」とすぐわかるような、無人契約機のペットネームは廃止することにしたのでしょう(理由は推測ですが、おそらくそうです)。
1-3.アコムの「むじんくん」が変更されていない理由
- 一時代を築いた自動契約機である
- ソニーの「ウォークマン」のように、むじんくんが自動契約機の代名詞になっていた
- 「むじんくん」のCMで、ヒットソングがたくさんある
ということです。特にアラサー以上の人は、「はじめてのアコム~♪」という、女優の小野真弓さんがブレイクした時のCMソングを覚えているでしょう。このようにむじんくんのみ、無人契約機の中で大衆にいいイメージを残しているということで、むじんくんの名前は変更されていないのだと思われます。
1-4.アイフルの「お自動さん」が「てまいらず」になった理由
これはあくまで推測に過ぎませんが―。
- アイフルは、2006年に集中的にメディアから叩かれた(多くは無実だった)
- そのため、当時使っていた「お自動さん」にも、悪いイメージを持つ人が増えた
- そのイメージの脱却のため、「てまいらず」に変えた
…という理由だと思われます。2006年のアイフルバッシングというのは、「アイフル社員に強迫的な取り立てをされた」と訴えた債務者がいて、その「脅迫テープ」が、繰り返しテレビで流れたものです。
- 「上場企業だろうが何だろうが、所詮サラ金なんだよ!」
- 「金融監督庁でも、野球の監督でも何でも連れて来い!バカタレ!」
という内容のテープですね。これは後の2009年に最高裁の裁判で「アイフル社員と断言できない」として「無実」が確定したのですが、当時のメディアは「アイフルによる取り立て」と決めつけて、アイフルに集中砲火を浴びせたのです。
ということで、ハッキリ言って「濡れ衣」なのですが、どんな理由であれ「イメージが悪くなってしまった」のは確かです。その悪い印象を脱却するために、アイフルは「お自動さん→てまいらず」と名前を変えたのだと思われます。
1-5.なぜ、プロミス・レイクのように「自動契約機」にしなかったのか?
「イメージを変える」ためなら、なぜプロミス・レイクなどのように「自動契約機・ローン契約機」というような単純な名前にしなかったのか。これも推測ですが、「銀行系に属しない、独立した最後の消費者金融」という自負心のためではないかと思われます(完全に推測ですが)。
別に「銀行に属さないのが格好いい」とか「属したらいけない」というわけではありません。ただ「出る杭は打たれる」のが鉄の掟(どころか、鋼鉄の掟)になっている日本の経済界で、アイフルのような「銀行の傘下に入らない消費者金融」が、銀行の買収すら手が届くレベルに成長したというのは「偉業」だったのです。
アイフルの経営陣の方が、そういう「独立系」ということにどれだけこだわりを持っているかはわかりませんが、アイフルだけ自動契約機(契約ルーム)の名前を変えていないというのは、そういう理由もあるのではないかと推測します。
2.井上ひさしも絶賛した「むじんくん」のネーミング
アコムの「むじんくん」というネーミングは、大作家の井上ひさし氏も絶賛していました。内容をまとめると、ここまで説明した理由に加えて、「無人」と「無尽」をかけているということがあります。
「無尽」について箇条書きで説明すると―。
- もともと、農民などが集まってお金を出し合った
- それが「無尽講」という、一種の「財団」になった
- 村人の誰かがお金が必要になった時には、この「無尽」から融資した
- その無尽が進化し、戦後に「無尽会社」になった
- その後「相互銀行」→「第二地方銀行」→「地方銀行」
- …という風に進化していった
…ということです。無尽というのは「地方銀行の小規模なもの」だったんですね。井上ひさし氏は、そういう歴史も知っていたので「無人とかけている」ということに気づいたわけです。
しかし、実は、アコムはそんなことはまったく考えていなかったんですね。むじんくんという名前は「適当に」決められたものなのです。
2-1.アコム社内の「コードネーム」が、そのまま定着した
当然ですが、むじんくんの開発は「極秘」で行われていました。会議などで「無人契約機」という言葉を使っていると、盗聴された時や、もしくは飲み屋でうっかり話してしまった時など「その名前だけで、アコムが今やろうとしていることがわかってしまう」わけですね。
というわけで、「無人契約機」という単語の代わりに、「むじんくん」というコードネームを、社内で使っていたのです。
- 「今日、むじんくんの会議でさ~」
- 「山田くん、むじんくんの構造で、エンジニアに聞いてほしいことがあるんだが…」
…という風ですね。こうやって「適当に」つけて使っていた名前が「いつの間にか定着」し、「井上ひさしが絶賛するほど」のネーミングとして、一世を風靡したわけです。「一世を風靡」というのは決して大げさではありません。
たとえば、後の2010年には、プロミスの新規申し込みは「92%が自動契約機を経由」というくらい「大部分の新規申し込み者が、自動契約機から来ている」という状態になりました。
このように業界に大革新を起こすマシンのネーミングが「適当に決まっていた」というのは、何とも興味深いことです。(コーラが薬局の店員のいたずらで偶然生まれた…というエピソードにも似ていますね)
3.自動契約機でキャッシングしやすくしたのは、間違いだった?
『サラ金全滅』(笠虎崇/2010年/共栄書房)では、著者の笠虎崇氏が「自動契約機で借金しやすくしたのは、間違いだったのではないか」と指摘されています。笠虎氏の主張は、「金利規制や総量規制をするよりも、自動契約機やネットなど、安易に借り入れできるツール」を規制すべき」というものです。
こうした主張は他の専門家の方でも見られます。総量規制もそうなのですが、要は「借りにくくすれば、多重債務者は減るのではないか」ということですね。
- 人間は、面倒くさいことはやりたがらない
- 特に多重債務になるような人たちは、そういう傾向が強い
- だから、「借りにくい状況」を作れば、それだけで多重債務者を減らせる
…ということです。この「面倒くさいことをやりたがらない」というのは、行動経済学で人の動きを分析する時に重要な視点の一つですが、この分野で活躍されている、大阪大学教授の大竹文雄氏も、『理解されないビジネスモデル 消費者金融』(藤沢久美・片野佐保・真水美佳・川島直子/時事通信出版局/2008年)という書籍の中で、下のように指摘されています。
3-1.「双曲割引傾向が高い人」が借りられないようにする
大竹教授は、この本の該当部分の中で「双曲割引傾向」という言葉を使われています。これは行動経済学の専門用語で、「双曲割引傾向が高い人=面倒くさがりな人」ということです。
「面倒くさがり」というと簡単にしすぎですが、正確にいうと「将来の大きな利益よりも、目先の利益を重視する度合いが強い」ということです。つまり―。
- 今勉強すれば、あとで楽になるのがわかっている
- しかし、今遊んで楽しむことを、より大事に感じる
…ということですね。ある意味芸術的な生き方かも知れませんが、このタイプの人が特にお金で苦労する…というのは、多くの人が経験で知っている通りです。(もちろん、借金苦の中で死んだからこそ、石川啄木などの人生は輝いているわけですが)
何はともあれ、こういう人に対してはやはり―。
- 借りられなくする
- 借りにくくする
のどちらかが有効なんですね。先に書いた笠虎氏の「無人契約機やネット申込みの撤廃」というのは「借りにくくする」方法です。そして、大竹教授はこの本の中で「総量規制」を支持しています。つまり「借りられなくする」ことが、面倒くさがりな人たちの借り入れ防止に有効ということですね。
方法は違っていますが、どちらも大本の主張は同じです。他にもこのような立場の知識人・専門家の方は多く見えますが、この立場からすると「無人契約機はあまり良くない」ということになるかも知れません。
3-2.しかし「消費者が求めている」のも事実
この問題は非常に難しく―。
- 確かに、「ない方が良い」
- しかし、「消費者が求めている」
という商品やサービスは、世の中に山のようにあるのです。(それぞれ、もちろん賛否両論があるでしょうが)
- タバコ
- パチンコ
- ジャンクフード
- 風俗業
…などですね。風俗業などは賛否両論あるでしょうが、「人間にとってセックスは欠かせない」にしても「みんな、普通に恋愛してする」のが理想なのは確かです。また、その他についても―。
- 「タバコは気分転換になる」→「他のことで気分転換すればいい」
- 「パチンコは適度に楽しめばいい」→「他のことで、適度に楽しんだ方がより良い」
- 「ジャンクフードにも、エネルギーなどの栄養がある」→「ジャンクフードで摂取できる栄養は、一切ない」
…というように「理想論」から言えば、どれも完全否定ができます。しかし、じゃあ、この4つは全部廃止しよう…、などというと大変なことになりますよね。
- 失業者が大量に出る
- 国のGDPが一気に落ちる
- その他の「まともな」産業まで大打撃を受ける
…という事態になるのです。人間の世界や経済というのは「そんなに単純じゃない」んですね。
そのため、確かに
- 自動契約機ができて、安易な借り入れがしやすくなった
- このせいで、多重債務者が増えた
…というのは事実なのですが―。
- それは、タバコなどと同様に「消費者が求めたもの」である
- キャッシング業者(ブランド)は、それに応えただけである
- 自動契約機で消費者金融が栄えて、不況だった90年代~2000年代の日本を支えたのも事実
…という指摘もできます。だから、笠虎氏や大竹氏の指摘は正しいのですが、「無人契約機は必ずしも悪とは限らない」ということも、意識してください。
以上、キャッシング・カードローンの無人契約機についてまとめました。消費者金融(というより「個人向けの無担保小口融資」)の歴史・あり方について、何かのヒントになれば幸いです。