キャッシングの歴史

キャッシングの総量規制とは?なぜ「年収の3分の1」になったのか

young asian woman with dog

総量規制とは「年収の3分の1以上、融資してはいけない」というルール。キャッシングの利用者からしたら、年収の3分の1以上「借りられない」となりますが、本来は利用者でなく「業者」の方を取り締まるルールです。(つまり「貸してはいけない」ということですね)

なぜ「3分の1」なのか?

これは、「総理府の家計調査」を元に、金融庁が計算したものです。「貧しい家計でも無理なく返せる範囲」という条件で試算した結果「年収の3分の1」となったのです。

これについては、「実際に返済できる金額は人によって違うから、一律に数字で決めるべきではない」という批判もあります。しかし、これに対しては、「年収の3分の1」の決定をした一人である、大森泰人氏(前金融庁・信用制度参事官)が下のように言われています(要約)。

  • 人によって家計の事情が異なる…というのは、百も承知
  • しかし、それを言っていたら何も変わらない
  • 「個々のケースで判断してください」では、規制にならない(ただのガイドラインだ)
  • だから、何かしら「ハッキリした数字」を示す必要があった

…ということです。

*出典…『理解されないビジネスモデル 消費者金融』(藤沢久美・片野佐保・真水美佳・川島直子/時事通信出版局/2008年)P.160~161

これはまったく至言だと思います。大森氏の言われる通り―。

  • 「人によって違う」のは当たり前
  • 何か数字を決めなければいけない

というのは、当然なのです。もちろん多くの人の批判もある通り、「年収の3分の1という基準」には問題もあるでしょう。それは個々の問題を見ながら、「随時法律を改正していく」という努力が必要です。

そのために、改正貸金業法は「見直し規定」を定めた

改正貸金業法は、日本の法律としては異例の「見直し規定」というものを持っていました。簡単に言うと、「この法律はまだ完成版ではなく、随時修正していく」ということです。これがはっきり「法律の中に書かれている」ということは「前代未聞」だったんですね。

というように、金融庁の側も「いろいろ問題がある」ことは百も承知だったのです。その上で、「現時点で一番ベター」と判断して「3分の1」という総量規制を決めたのです。

貸金業法の見直しは、「政権交代」で曖昧になった

本来、この「見直し条項」によって、総量規制の矛盾などは、解消されるはずでした。完全な解消はできなくても、改善はされるはずでした。

  • 2006年に公布
  • その後、徐々に新法を施行していく
  • 2010年に「完全施行」する
  • 「完全施行」の時点で、内容の見直しをする

…というスケジュールだったのです。しかし、これが想定外の「政権交代」によって、うやむやになってしまったんですね。

  • 公布時…自民党
  • 見直し時…民主党

…というように、与党が変わってしまったのです。そして、知っての通り当時の民主党は「コンクリートから人へ」などの改革を矢継ぎ早に実行していたので、「改正貸金業法の見直しをしている余裕が無い」という状態だったのです。少なくとも、優先順位は低くなっていたんですね。

ということで、「完全施行の前に、内容をもう一度精査する」はずだったのに、それがされないまま完全施行されてしまった。これはキャッシング業界・クレジット業界にとっても不幸なことでした。

もし政権交代がなかったら、総量規制も含めて、改正貸金業法の矛盾はもう少し解消されていたでしょう。この点は、本当に「不幸な出来事(偶然)」としか言いようがありません。

(社会の流れにも、結構運というのは影響するものですね)

次は、キャッシングの総量規制についてどんな批判があるかを紹介していきます。

総量規制によって、ヤミ金融に駆け込む人が増えた?

ここまで書いた通り、総量規制はキャッシングに関する知識人の間で、かなり猛烈に批判されています。業者からの批判だったら「業者が、自分たちに都合のいいことを主張している」とも取れるでしょう。しかし、そうではなく、法学者・社会学者・ルポライターなど「キャッシング業者・消費者金融と関係ない知識人」たちも、総量規制を多く批判しています。

金融ライターの笠虎崇氏の『サラ金全滅』(2010年/共栄書房)のP.50~P.51でも、それが指摘されています。内容をまとめると―。

  • 「改正貸金業法」の施行時で、約半数の人は「年収の3分の1」を超えている
  • 人数にして、約500万人いる
  • つまり、総量規制によって「500万人」の人が、借り入れをできなくなる

…ということです。「別にいんじゃね?借りなければいいじゃん」と思う人も多いでしょう。確かにその通りですが、現実はそう簡単ではないんですね。

  • 生活のために「借りざるを得ない」人がいる
  • ヤミ金から借りてでも、借金に頼る悪癖を持つ人がいる

…ということです。前者は「仕方がない人」、後者は「単に病的な人」ということですね。事情はさておき、どちらにしても「ヤミ金融に走る人が増える」というのは間違いないのです。

「規制強化でヤミ金全盛」

この状況について、『サラ金全滅』はあるサラ金社員の声を紹介しています。(引用)

「規制強化で、ヤミ金全盛。何度となく繰り返されてきた歴史だ」

…ということです。この「何度となく」というのはかなり昔からで、少なくとも江戸時代にはこれとまったく同じ現象が起きていたことが『金貸しの歴史』などの書籍でわかります。

江戸時代は、規制強化で「もぐりの質屋」が隆盛した

江戸時代に貸金業をしていたのは主に「質屋」ですが、組合に参加しているのが「正規の質屋」でした。しかし、それが寛政の改革などで規制を受けて、どんどん廃業してしまったんですね。

(つぶれたというより、利益が出なくなって「バカバカしくなり」職業替えしたのです)

それで武士や町人の借金がなくなったかというと、そんなことは全然ありません。そもそも幕府の政治がまずくて「世の中にお金が回っていない」せいで、彼らの給料も少なかったのです。そのためお金を借りるしかなかった武士や町人は、結局もぐりの質屋…つまり、現代のヤミ金で借りるという、矛盾した事態になりました。

アメリカの「禁酒法」の失敗と同じ

こういう失敗で一番有名なのは、アメリカの「禁酒法」です。これによって密造酒で莫大な利益を得るマフィアが一気に隆盛した…というのは知っている人も多いでしょう。禁酒法の歴史は知らなくても「ゴッドファザー」という映画は知っている人が多いでしょうが、あのモデルになったマフィアの「アル・カポネ」は、禁酒法をきっかけに勢力を伸ばしています。

共産主義の失敗を見てもわかりますが「経済は生き物であり、思い通り、理想通りにはいかない」のです。理想も大事ですが「まず現実を見て、それに合わせて『一番マシ』な方法を取る」というのが大事なんですね。

この点で、「総量規制は現実を見ていない」と、多くの知識人に批判されているわけです。


以上、キャッシングの総量規制の意味と、「どうして年収の3分の1になったのか」「どんな理由で批判されているのか」「それに関連する、過去の規制の歴史・失敗例」を紹介しました。カードローン・クレジットカードなども含めて、貸金業全般に興味がある人に、参考にしていただけたら幸いです。

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