Fマネーカードは、スピード融資には対応していません。大体1週間~10日程度の日数がかかります。ということで「今日中にお金を借りたい」という人は、Fマネーカード以外の方法でキャッシングするようにしてください。
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急ぎでお金を借りたい場合は、消費者金融の方がいい
「無い袖は振れぬ」ではありませんが、Fマネーカードのルールが「融資まで大体1週間」となっている以上、もうスピードキャッシングは完全にできません。ということで「今日中に借りたい」という人は、迷わずに消費者金融でお金を借りてください。
もし、消費者金融よりFマネーカードの方が断然金利が安い、というのであれば迷うでしょうが、金利は両者とも同じです。Fマネーカードの金利は「4.4%~17.8%」ですが、プロミスの金利が「4.5%~17.8%」というように、ほとんど同じなのです。
(下限金利の0.1%の違いは「500万円まで借りた時」の適用金利なので、意味はありません)
ということで、審査基準のページでも書いていますが、Fマネーカードから借りるメリットがあるとしたら「すでにポケットカードが提供するカードを利用している人が、審査に申し込みやすい」ということなのです。たとえば「ファミマTカード」などですね。
で、そういう人でなければ「スピードキャッシングができ、かつ金利も同じ」というアコム・プロミス・SMBCモビットなどの大手の消費者金融のブランドで借りた方が、断然いいわけです。
大手の消費者金融のスピード審査は、毎日21時~22時まで受付
大手の消費者金融では、平日でも土曜日・日曜日・祝日でも、毎日21時~22時までスピード審査をしています。これは「締切時間」なので、その時間までに審査が完了しているためには、大体「19時~20時」には申し込んだ方がいいでしょう。
もちろん、この時間までに申し込めば絶対というわけではありませんが、これらの時間なら、スピード融資できる可能性はかなり高くなります。なので、もしSMBCモビット・アコム・ノーローン・アイフルなどの大手の消費者金融でスピード借入する場合は、19時~20時を目安に申し込みをするようにしてください。
以上、Fマネーカードのスピード融資はできないので、代わりのスピードキャッシングの方法として、大手の消費者金融での申し込みについて書きました。ここから先は、スピード借入に関するコラムとして、「江戸時代のスピードキャッシングの歴史」について書きます。
江戸時代のスピード融資の歴史
まず現代のスピード融資に最も近いのは、江戸時代にあった「鉄火質屋」です。「質屋」とついている通り、お金を貸すシステムは現在の質屋と同じです。(質草を預かって、金利を取りながらお金を貸す…という仕組みですね)
で、「鉄火」といのは「賭博」のことです。つまり「ギャンブルをする人のために、軍資金を融資する」というのが、鉄火質屋だったんですね。その性質上、スピード融資どころか「即決融資」です。それこそ5分や10分…という早さだったと思われます。
(じゃないと、賭博で熱くなっている利用者は怒り狂いますからね)
これがおそらく、日本史に登場する中で最も現代のスピード融資に近づいた例でしょう。「ギャンブルとキャッシングの相性がいい」というのは、今も昔も変わらないんですね。
朝借りて、その日中に返済する「日銭貸し」
もう一つ、江戸時代に流行ったスピード融資で「日銭貸し」という形態もあります。文字通り「日銭を貸す」ということで「朝借りて、夕方返す」という「その日中に完結するスタイル」です。
なぜ、朝借りて夕方返済していたのかというと「主に商人の行商の仕入れのため」です。たとえば「魚の行商」だとしましょう。この場合、当然朝イチで魚市場に行き「魚を仕入れる」必要があります。
仕入れるための現金があればいいですが、「ない」場合もあるわけです。その場合―。
- とりあえず、仕入れの代金を日銭貸しで借りる
- それで魚を仕入れる
- 一日行商して、利益を得る
- その中から、夕方日銭貸しに返済する
…という方法でやれば、うまくお金が回るんですね。このやり方だったら「まったく何も持たないただの庶民」でも、いきなり行商人の仕事を始めることができます。(もちろん、その日確実に魚が売れるという保証はないのですが…)
日銭貸しはスピード融資をする分ある程度高金利でしたが、それでも庶民にとってはありがたかったわけです。こういう庶民金融があるおかげで、彼らは「何も元手なし」でも、商売を始めることができたのですから。
現代のビジネスローン・銀行融資とまったく同じ
この構図は現代のビジネスローンや、銀行の事業用融資とまったく同じです。これらの手段でお金を借りて事業を始める人も、「もし自己資金があれば」全額自腹で始めるのが一番いいわけです。
しかし、それを言ったら「資産家の家に生まれた人間」しか、若くして事業を始めることはできなくなってしまう―。ということで、みんな「お金を借りて事業を始める」わけです(もちろん、事業の内容や、その人の貯蓄レベルによっては、自己資金でも始められますが)。
というように、昔の日銭貸しにしても、現代の事業者向けローンにしても、金融業は社会にとってなくてはならない存在なんですね。2000年代に「商工ローン問題」が起きてから、ビジネスローンについて悪いイメージを持っている人が多いでしょうが、金融の日本史を振り返っても、スピーディーに融資してくれる事業者向けローンというのは、極めて重要なのです。
(商工ローン問題というのは「腎臓売れ」「目ん玉売れ」などの過酷な取り立てでニュースになった事件です。商工ローンは知らなくても「腎臓売れ」は知っている人もいるでしょう)
…というように、日銭貸しというスピード融資もすでに江戸時代に発達していたのですが、ただ適当にスピード融資をしていたわけではなく、これが江戸の経済をうまく回していた、庶民に仕事を与えていた…ということをぜひ知ってください。
スピード融資で、翌日返済する「烏金貸し」
「日銭貸し」は「最短当日中の返済」ですが、「翌日返済」のスピード融資もありました。「烏金貸し」(からすがねかし)というもので、省略して「カラス金」とも呼ばれます。
「カラス金」の名前の由来は「朝借りて、翌朝カラスが鳴いたら利息が発生する」というもの。別に「朝に返済しろ」ということではなく「その時点から、利息が発生する」ということですね。
なぜ、夜借りて翌日返済していたのか?
夜にお金を借りるというのは、今も昔も用途は大体決まっています。夜遊び…つまり―。
- 酒飲み
- ギャンブル
- 風俗
」…ですね。江戸時代にはすでに吉原が歓楽街として栄えていました。その吉原で遊ぶ男性陣などに、主に烏金貸しが融資していたのです。(今でも吉原のような場所には、集中的にカードローン業者の自動契約機などがあります)
先ほどの「日銭貸し」にしても、この烏金貸しにしても「現代のスピードキャッシングと、江戸時代のスピード融資がかなり似ている」ということに気づきます。今も昔も「人間の欲望」と「それを利用してビジネスにする方法」は、根本的には変わらない、ということですね。
(そして、多くの人がそれを「利用する側」ではなく「利用される側」になってしまっている…という現実も)
江戸時代にも「現金化」が存在した
現代のスピードキャッシングは、当然ある程度信用度がある人しか借り入れできません。しかし、信用度がまったくない、ブラックリストの人でも、
- クレジットカードの現金化
- 携帯キャリア決済の現金化
などの、いわゆる「現金化業者」でお金を借りるなら、スピード借入できます。
で、実は江戸時代にもこうした「現金化」が存在したんですね。これは「業者」がいたのではなく「お金を借りる庶民の側が、自分で現金化を考案した」のです。少々驚きますが「損料貸し」(そんりょうかし)という手法です。ポイントをまとめると―。
- 江戸時代、日用品・家具のレンタル屋があった
- そのレンタル業を「損料屋」と呼んでいた
というのがスタート地点です。で、そこからどう「現金化」するかというと―。
- 損料屋で、少額のお金を払い「数日分、家具をレンタル」する
- その家具を、質屋に入れて、お金を借りる
…という手法です。まともに読むと「おい!」と思う人が多いでしょう。そう。「レンタルした商品を、勝手に質屋に入れてしまっている」わけです。当然、質屋に返済できなかったら、大変なことになります。
というより、「そもそも数日分しかレンタル権を持っていない」のですから―。
- 数日以内に質屋に全額返済する
- そうして家具を取り戻す
- それを、損料屋(レンタル屋)に返す
…という風にしないと、たちまち契約違反になるのです。そして、当然ですがここまで行き詰まっている町民が、そんなに急にお金を用意できるわけはありません。
つまり、損料貸しは、現代でいう「ヤミ金融に手を出すレベル」まで落ちた「最終段階の過剰債務者」だったんですね。(簡単に言うと、「終わった人」ということです。
江戸時代の庶民がこれほど借金に苦しめられていたというのは、何ともかわいそうな気がしますが、これを見てもあらためて「過剰な借金は、絶対に抱えてはいけない」ということがわかります。
…というように「最底辺レベル」のスピード融資も含めて、江戸時代にはすでに「あらゆる種類のスピードキャッシング」が揃っていました。事業用、夜遊び用…という風ですね。人間の営みがいつの時代も変わっていないというのは、興味深いことです。
以上、Fマネーカードのスピードキャッシングに絡めて、江戸時代のスピード融資の歴史をまとめました。「カードローン・クレジットカードなどの貸金業の歴史」を知りたい人の、参考になれば幸いです。
(参考資料…『金貸しの日本史』(水上宏明/新潮社/2004年)P.129~130)